お金は汚いもの?
時代は金融教育を求めている
人生100年時代を迎え、金融教育の重要性がますます高まっています。 100年という歳月は、短く感じる一方で、実際には非常に長いものです。1902年、民間企業で初めて55歳定年制が導入された当時、男性の平均寿命は43歳でした。この時代、新生児の死亡率が高かったとはいえ、この数字を統計から除いても、平均寿命は50歳前後だったと考えられます。つまり、一つの会社に尽力し、55歳まで定年まで勤め上げれば、現役生活を全うすることができました。
しかし、人生100年時代においては、「学校▶会社▶引退」という従来の人生設計は成り立ちません。さらに、65歳まで定年が延長されたとしても、年功序列制は崩壊し、役職定年制やジョブ型雇用制によって、現在の仕事を失う可能性があり、会社人生の後半十数年をモチベーションなく、働かない「おじさん」として扱われる危機は解消されません。現代においては、「一社懸命」の時代は終わり、現役=1社と考えることはもはやできません。だからこそ、会社に頼ることなく、自主的かつ自律的に人生を考える必要があります。
ナンシー・K・シュロスバーグが言うように、人生は「転機の連続」であり、リンダ・グラットンが提唱するように、人生を「マルチステージ」として捉える必要があります。「転機連続」の時代を生き抜くためには、学び続けるための二つの投資が不可欠です。その二つとは、キャリア教育と金融教育です。今回は、金融教育についてお話します。
宵越しの銭は持たない
日本において、お金の話をすることは品のないこととされる傾向があります。特に江戸や東京では、「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」と言われ、お金への執着は恥とされました。
「インベスターZ」(三田紀房・著)の主人公はこの考え方について力説します。江戸開闢の徳川幕府が、「財力があると必ず権力を倒し、取って代わろうとしてくる。農民や町人には倹約こそ美徳であるという価値観を植え付けた。士農工商の中で唯一大金を持つ商人は強欲で汚れた金にまみれた、身分の一番低い卑しいものだとして、他の民衆の不満を抑えた。」ことが「お金は汚い」という考え方のはじまりであると説明しています。
これは異論も多いかもしれません。実際のところは、銀行もなくタンス預金をしていた火事の多い江戸に住む庶民には、貯金は意味がなかったのです。さらに、度重なる大火は復興事業と雇用を創出し、定年制度のない江戸時代では、生涯現役が可能であったのです。
「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」という精神は、江戸っ子の粋な文化を生み、江戸には祭り、花火、芝居、歌舞伎、富くじなどの娯楽があふれていました。しかし、現代の東京ではそうはいかない。
日本の金融教育の遅れ
『金融リテラシー調査2022年』(金融広報中央委員会 知るぽると)によると、米国では「金融知識に自信がある人」の割合が調査対象の71%なのに対し、日本は12%と大きな差があります。日本人の金融リテラシーの低さには、古来より醸成された「お金は汚いもの」という意識が大きな要因となっていることは間違いありません。
さらに、政府が中心となって推し進めた戦中の「国民精神総動員」による「貯蓄奨励」と、戦後の「貯蓄推進運動」が日本人の意識に「勤倹貯蓄」を強く植え付けました。この日本人のメンタリティは、焦土と化した祖国の奇跡的な復興を成し遂げ、1968年には当時の西ドイツを抜いてGDP世界第2位となり、2010年に中国に抜かれて第3位に転落するまでの42年間続きました。
日本人の「勤倹貯蓄」精神は高い貯蓄率を生み、銀行からの資金供給という形で資本ストックを増強し、高度経済成長を実現しました。この高度経済成長は、個人の所得を増やし、消費と貯蓄の拡大を同時に実現するという奇跡を成し遂げました。この好循環の中で、日本人は子供に陶器のブタの貯金箱を与え、子供たちは貯蓄の大切さを学びました。
高度成長期の定期預金利率は5%前後で安定しており、約14年強で倍になる計算です。2025年2月現在、メガバンクの定期預金金利は0.1%前後であり、倍にするためには720年もかかります。もはや貯蓄一辺倒の金融教育では成り立ちません。
金融教育
金融教育プログラム―社会の中で生きる力を育む授業とは ―【2023 年 10 月改訂版】(金融広報中央委員会)の中で、「金融教育は、お金や金融の様々な働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会の在り方について深く考え、自分の生き方や価値観を磨きながら、より豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて、主体的に判断し行動できる態度を養う教育である。」と定義されている。また、職業生活設計(職業能力開発促進法第2条第4項)「労働者が、自らその長期にわたる職業生活における職業に関する目的を定めるとともに、その目的の実現を図るため、その適性、職業経験その他の実情に応じ 、職業の選択、職業能力の開発及び向上のための取組その他の事項について自ら計画すること」と定義しています。この二つに共通するキーワードは、自律性(主体性,自ら)です。戦後、日本国民は、一億総懺悔の下で、「勤倹貯蓄」精神で働き、人生と向き合ってきました。しかし、人生100年時代、お金とキャリアの問題で自律性を求められるようになりました。金融教育は、その自律性を取り戻すため、時代から要請されています。
金融広報中央委員会は、以下の4つを金融教育の重要分野としています。
- 生活設計・家計管理に関する分野
- 金融や経済の仕組みに関する分野
- 消費生活・金融トラブル防止に関する分野
- キャリア教育に関する分野
私の個人的な意見ですが、特に重要なのは「キャリア教育に関する分野」と考えています。金融広報中央委員会では、「キャリア教育に関する分野」に以下の3つの目標を定めています。
- 働く意義と職業の選択
- 生きる意欲と活力
- 社会との感謝と貢献
人生100年時代、自律的に生涯教育を通じて、「お金」,「金融」,「キャリア」を学び、人生を自分のものとし、自分の意思と責任で全うすることが、個々人の幸福感をたかめます。そして、自律的な人生でも、人はひとりでは生きていけません。人生100年時代、社会との感謝と貢献、そして社会の共生、人と人のつながり、そのために、お金もキャリアも生涯を通じての学びが必要です

